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エジプト旅行(その6)

朝、起きて食事をしていると、職場から仕事のお電話が…orz


職場からの電話をこなしているうちにギザ駅到着。ギザ駅に到着して待っていたバスに乗ったところ、予定の変更を告げられる。

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当初はギザのピラミッドとスフィンクスの観光をするはずだった。クフ王のピラミッドは本当は1人1人並んでチケットもらわなければならないところ、ゴニョゴニョな手段を使って、ツアー客が並ばなくてもチケットが手に入るように従来はしていたそうな。が、最近、厳しくなったらしく、それができず、かつ、その時間からピラミッドのチケットを手に入れるために並んだとしても入場制限の人数で撥ねられる可能性が高いため、ピラミッド観光を最終日午前に繰り下げ、今日の午後の予定を午前中に繰り上げて、最終日の午前中の予定の一部を今日の午後に繰り上げることになったとのこと。ゴニョゴニョな手段を使っていたんですか。万が一の場合でも日本法人が責任追及されることがないようにはしているんだろうけど。

そんなこんなで、メンフィスへ。この辺りの村の人は一見して裕福ではなさそうなのがわかる。でも、遺跡にいる「ワンダラー」と言って押し売りしてくる輩以外は、かなりフレンドリー。ここに限らないけど、バスの中から街の風景を見ていると、町の人達はニコニコしながら手を振ってくれる。観光客が珍しい国ではないから、たぶん元々そういうフレンドリーな気質の国民性なのかもしれない。
で、メンフィス遺跡へ。ラムセス2世の像が横たわったものが建物の中に保存(?)されていた。相変わらずデカイ。威を示すためとはいえ、無駄にデカイものを作るのはどうなんだろうか。まあ、無駄な公共事業をしたおかげで国民も氾濫期の食い扶持があったという側面も多少はあるらしいが。
メンフィスの次はダハシュールの屈折ピラミッドを見て、ひたすら撮影。次に、サッカラの階段ピラミッドへ。何気に修復中なのがありありとわかるのが若干興ざめなものの、世界史の資料集にあるものを目の前で見れた。で、サッカラの階段ピラミッドを前にして職場に少しだけ電話をする。ほんの数年前までは砂漠の中の遺跡で仕事の電話をすることになるとは夢にも思わなかった。人生何が起こるかわからない。

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メンフィス遺跡

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ピラミッド

屈折ピラミッドを見たあとは、カーペットスクールという名のカーペット屋さんへ。偉そうなオジサンの話によると、8歳から14歳まではスクールにいて、その後は上手な人は講師として残るらしい。で、スクールの生徒が作ったものは販売されているらしい。ちなみに、高価なシルクの絨毯の製作には指の細い8歳から10代後半くらいまでの女の子でないと従事できないそうで、指が太くなってくると、シルクの絨毯の製作には関われずに、より目の粗いウールのカーペットづくりとかをするらしい。「それって児童労働で、条約に引っ掛かるんでは?」と気になったけど、その場で騒ぎ立てるのも大人の態度ではないので、おとなしくしておいた。カーペットスクールで座布団サイズのウールの銃弾を購入。かなり値切ったのに日本円で8000円。シルクだとその2,3敗するらしい。それでも人件費が安いからエジプト産はトルコ産やペルシャ産よりは遥かに安いらしい(ちなみに、この2年後にトルコで買ったカーペットはこのエジプト人が言うほど高くはなく(むしろ安いくらい)、質も良かった。)。

昼ごはんはカイロで中華料理。味はまあ、下の中くらい。ナイル川に面したレストランだったけど、ナイル川の下流であるせいか、ドブ川にしか見えない…。

午後はモハメド・アリ・モスクへ。壮麗なモスクでなかなか見ごたえがあった。モスクにある時計はフランスから輸入したもので、カルナック神殿だったか、ルクソール神殿だったかにあった見事なオベリスクと交換したものらしい。しかも時計がエジプトについた途端に動かなくなったとか。ここまで来るとモハメド・アリはフランス人に騙されたとしか思えない。ただ、当時のエジプト人はあまりに沢山ある古代の遺跡に価値をそれほど見出していなかったらしいから、当時の価値観からすればたいしたことなかったのだろう。で、モスクの中とか外とかをフラフラしていると、神聖なモスクにまで「ワンダラー」が。ウザイことこの上ない。ツアーの人達と写真を撮っていたら、近寄ってきた。ボールペン12本入りの一箱をいくらかと一応聞いてみたら10ドルとか言い出す。追っ払うつもりで5ドルで売れ、と言ったら、7ドルとか食い下がってきだした。いい加減追い払いたいので、「じゃあ、6ドル。はい。これで。」と言って半ば強引に6ドルとボールペン12本を交換したら、それで交渉が成立してしまった。6ドルでも売るとはいったい原価はいくらくらいなんだろうか。同じツアーの人と話していると、同じものを20ドルで買った人もいた。かなり値段はいい加減なんだろう。6ドルで買った時点では僕が最低価格だったけど、その話を聞いた同じツアーの医師のご夫婦が(というか、奥さんが)4ドルで売れと言い出して、4ドルで買い叩くことに成功したらしい。それでも売るということは4ドルでも原価割れはしていないのだろう。本当の値段はいくらなんだろうか。

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モハメド・アリ・モスクを出たあとは、考古学博物館へ。ツタンカーメンの墓にあった埋葬品が概ねこの博物館にあった。かの有名なツタンカーメンのマスクも拝見。写真撮影が禁じられていたことが非常に残念でならない。マスクは世界史の資料集にあるとおりのマスクだった。ただ、ガラスのケース越しに見れたから、耳にピアスの穴があるだとか、どうでもいい細かいところでみることができたのはよかった。考古学博物館の中に王家の谷から発見された13体の王族のミイラが晒されていたので、じっくり鑑賞。思ったよりグロくはない。有名どころだと、ラムセス2世、セティ1世、ハトシェプスト女王とかのミイラがあった。死因とかもわりと書いてあった。ミイラがズラッと並んでいるのはある意味壮観だったように思う。

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その後は、船に乗ってナイル川ディナークルーズへ。川の真ん中にいると、吹きつけてくる風がとても気持ちいい。ベリーダンスとかソフィアダンスは正直微妙だった。イスラム教の国だからベリーダンスなんて大丈夫なのだろうかと思ったけど、それなりの配慮はしているとうかがわれる格好だった。

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その後は、ギザのホテルへ。同じツアーの人が部屋が開かないとか言っているのを助けてあげてから、インターネットをしにフロントへ。手続きをして、インターネット利用スペースでインターネットを利用。フロントの人が横に立っていて「何日か前に君が来たのを覚えている」だの「君だけを特別扱いしてるんだ」だの「日本の女の子を紹介してくれないか」だの言ってきて集中力を削いでくるから、とりあえずチップを渡しておいた。たしかに他に客がいないし、日付が変わる直前だから、チップを渡さなきゃいけない程度の迷惑は掛けているような気がしたけど、そんなに露骨に要求しなくても…。
1時間弱くらいインターネットをして部屋に戻って就寝。